• Special Dialogue
  • 古谷 由布
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  • 肥高茉美(文筆家・アーティスト)
  • Business×Art
  • 原田 美緒
  • アート×ビジネス思考のすすめ(前編)
  • アート×ビジネス思考のすすめ(後編)
  • ART meets WINE

スイスワイン専門に輸入取扱いされるヘルベティカの森本社長と、エブリチャンス代表の川添が、アートとワインのコラボレーション、来年開催予定のSEED2.0について語ります。

アートだけではなく様々なメディアで活躍されている「アーティスト / 執筆家」である肥髙茉実さんと、グローバルな視点で活躍されている「ビジネスコンサルタント」小林昇太郎さんの対談です。
後編は、肥髙さんがアーティストとしてのスタンスを決めたきっかけと、その時の作品に込めた思い、コンサルタントの小林さんから見たビジネスとアート、そして世界から見た日本について語って頂きました。

アートだけではなく様々なメディアで活躍されている「アーティスト / 執筆家」である肥髙茉実さんと、グローバルな視点で活躍されている「ビジネスコンサルタント」小林昇太郎さんの対談です。
前編として、肥髙さんが執筆家としてどのようにメディアとの向き合っているのか、フリーランスとして続けている意味と考え方。アーティストと執筆家としての活動をしながら、どのようにビジネスパーソンへとアプローチしているのか、その思いを語って頂きました。

キュレーター/パフォーマー/エディター
1995年東京都出身/在住

〈経歴〉
2021年現在 東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻キュレーション領域修士課程(長谷川祐子研究室)在籍中
2019年 東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻キュレーション領域修士課程(長谷川祐子研究室)入学
2019年 東京大学文学部思想文化学科美学芸術学専修課程卒業(学士:文学)
2017-2018年 ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)に交換留学生として派遣

〈受賞歴〉
2021年 VIVA AWARD アソシエイト・アーティスト

〈キュレーターとしての主な参加展示〉
2021年 「PRINT (ed.) VOICES」@TOH
2020年 オンライン展示「Alter-narratives―ありえたかもしれない物語―」

〈パフォーマーとしての主な参加作品〉
2021年 『ニューNormal? Newノーマル?』(Glasgow International招聘作品)@東京藝術大学千住校地/オンライン配信
2020年 『孵化器・ドアの翅』@ゲーテ・インスティトゥート

〈エディターとしての主な参加作品〉
2021年 長谷川祐子(編)『ジャパノラマ 1970年以降の日本の現代アート』 編集補助(水声社刊)
2021年 東京国立近代美術館ほか「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」カタログ 編集補助
2021年 東京都現代美術館「石岡瑛子」展カタログ(小学館刊)

〈その他〉
2020年 山本浩貴さんインタビュー「現代美術と社会との関係、通史としてたどる『現代美術史』 助成で後押しされ、若手研究者が出版」(朝日新聞じんぶん堂)
2020年 [長谷川祐子×原田美緒 共同研究] THE OK GIRLSインタビュー(全3回)Vol.1 Vol.2 Vol.3
2019年- ザ・フー ディレクター

株式会社 Bizres 代表取締役の小林氏とアーティストの久保田氏に、ビジネス・コンサルタントとアーティスト、それぞれの視点からBusinessとArtの関係性について語って頂きました。

①BusinessとArt、あまり語られることの無かったテーマをベースに、経営コンサルタントは何を考え、若手アーティストはどのように見ているのか。

②BusinesspersonとArtist、そしてPatronの関係を、若手アーティストはどのように考えているのか。ビジネスパーソンは、どのように見ているのか。

エブリチャンス代表 川添隆司 × アーティスト/文筆家 肥髙茉実
アーティストであり文筆家として活動する肥髙茉実さんの視点で、国際問題、社会問題、アートとの向き合い方について語って頂いた。

川添:アーティストであり文筆家として、幅広く活動されている肥高茉実さん。貧困、紛争、環境などの国際問題、そして虐待やDV、マスコミによる文化的暴力、ジェンダー、人種差別などの社会問題に鋭い視線で言及しながらも、その表現が、報道ではなくアートとしてアウトプットされているところに、私は非常に独創性を感じます。これらの関心や表現活動は、ご自身のどういった経験や思考回路から始まるものなのでしょうか。

 

【活動の原点】

小学校中学校と国際的でフラットな教育環境で育った私は、長らく歴史に対して批判的な眼差しを持つ機会を持てずにいました。そんな私も、19歳の頃に自分の考え方や社会との向き合い方が大きく変わる出会いを経験します。せっかく浪人して美大に入ったにもかかわらず、入学後すぐ学外で出会った年上の彼に恋をして、年単位で制作も勉強も手につかないほどのめり込んでしまったのです。そんな彼から出会って二年目のタイミングで突然、自身のルーツが在日であることを打ち明けられます。 彼がそれを原因で過去に何度もいじめを受け、悩んだ末に帰化し、基本的に自身のルーツを隠しながら生きてきたという事実を知った私は、大学三年を前にようやく自分の無学を反省し、歴史や社会への無批判的な態度を改める責任に駆られました。 彼とは数年一緒に暮らしたのちまったく別の事情でお別れしましたが、もちろん今なお社会問題への関心が尽きることはありません。今の日本に戦争を経験した人はもうほぼいないですし、長い時間のなかで歴史はつねに書き換えられ、私たちがテレビや教科書で学んできた歴史はもはや寝言のように不確かなものだと思っています。それでも今日までヘイトがなくならないのは、人々が言説に支配されすぎた結果の悲劇でしょう。手元の言説にはないような、教科書からこぼれ落ちてきたショッキングな史実をひとつ、またひとつと知っていくうち、後に下がれなくなり、関心は縦横無尽に広がり、リサーチの足も時には海外の非武装地帯まで伸びるようになりました。

【言葉と芸術】

私は幼少期から言葉の美しさに魅せられ、無限の可能性に救われてもきましたが、同時に言葉が有する暴力性を非常に恐れています。言葉は様々な分断を強めるのではなく、むしろニュートラルを肯定するものであってほしい。たっぷり黒塗りされた文書記録で大きな罪が免れたり誰かが裁かれたりするにもかかわらず、問題の決着を文書記録や音声テープに委ねるしかない政治も、与党野党の激しい二項対立も、非常に前時代的かつ不毛に思えてなりません。こぼれ落ちてきた史実やカルチャー、人間同士のドラマなど、政治やメディアが生み出す空白を埋めるには、知らない世界や他者への想像力・共感力が必須であり、「芸術は第六感である」というお馴染みのフレーズが示すように、その力を養えるのがアートだと思います。ジャーナリズムにおける言葉、広告として消費される言葉、詩など芸術としての言葉━━大学三年から今日まで領域横断的な執筆活動を続けているのは、作品のリサーチの一環として、どの立場からも当事者意識を持って言葉と向き合っていたいからという素朴な理由です。ターニングポイントとなった最初の作品は、自分が書いたポリティカルな詩をポスターのように構成・出力し、それを丸めてケースに封じ込めるなどのフィジカルなアプローチによって空間に自立させたものでした。第二波フェミニズムを象徴する「個人的なことは政治的なこと(The personal in political)」というスローガンがありますが、これは私自身のスローガンでもあります(ただ私は第二波フェミニズムとは異なるスタンスのフェミニストです。詳しくはここでは割愛します)。なので作品で用いる言葉は、詩であったり、あるいは広告のコピーに倣って、社会のブラックボックスになりがちな家庭や恋愛をモチーフに暗に政治に斬り込むことが多いですね。

私は作品のメインターゲットを「ノンポリ」といわれる人々に設定して制作しており、作品を通じて、歯を磨いたりガムを噛むくらい日常的に社会について考えることが理想です。なので見た目はなるべくポップなほうがいい。歯磨き粉やガム特有のケミカルで可愛い色をサンプリングしたり、言葉の表現についてはオリコンに乗るようなラブソングやポップを参照しています。

この作品を基軸に、卒業制作は「韓紙」という和紙に似た韓国の紙に日本の墨で描いた詩のドローイングと軍事境界線のフェンスにかかる平和の短冊の写真、もう1点は、文化規制が激しかった時代のビートルズのレコードを入手し、盤面に防弾ガラス越しの風景写真を螺旋状にコラージュしたものを発表しました。当時熱狂的なビートルズファンの若者たちが自身のレントゲン写真でレコードを海賊版化してまで享受していた反戦的事実を示し、針が飛ぶレコードからのノイズによって当時の言葉(思想)への過度の依存を批判する試みです。この二つの作品で、土地土地の時間や個人史が冷凍されたような歴史的素材を用いて以降、制作の際の素材そのものの探究心も高まっていきました。現在はジェンダーをテーマに写真を転写した鉄のオブジェを制作したり、エコロジーや人新世をテーマに生分解性の新素材を使ったりなど、自身の関心と哲学を落とし込む素材に何が適しているか、色々な実験を行っています。

川添:弊社エブリチャンスは、欧米に比較して相対的に遅れている「アートを日常的に楽しむ文化」を日本でいかに醸成していけるかという問題意識も、運営目的の重要なテーマのひとつに置いています。鑑賞者側の話になりますが、例えばアートに興味を持ち始めている若者、日々の業務に追われて、アートに触れる余裕がないと諦めている一般の会社員ほか、そういった方々に、アート作品を心から楽しめる鑑賞の仕方みたいなものがあれば、是非、教えて頂けますでしょうか?

【企業とアート】

展覧会やアートに限らずですけど、好きなものについてなぜ好きなのか、嫌いなものについてなぜ嫌いなのか、私はなぜこういう性格なのか、そういった単純だけれども根源的なことから深く考え、積極的に言語化していくような批評的な態度が重要に思います。私の場合は、わからないものをわからないで済ますのではなく自分の回路で咀嚼して、同時に違う思考回路の人とディスカッションするようになったその先に、徐々に、でもとても自然に様々な芸術と哲学が見えてきました。私は長らく誰との会話にも満足した経験がなかったので、大学時代にようやく同志と深夜までファミレスにこもって芸術や哲学について語りあう時間を手に入れたとき、これ以上ない充実感と刺激を得ました。あと単純な理想としては、すべての人がフリーランスになればいいと思っていますね。まあ、私もたまに数日連続で徹夜とかしてしまうんですが・・・。働き方をコントロールして200本以上の映画を観た年もありますが、なるべくああいったマイペースな日々を保とうと働き方を工夫しながら生きています。以前ある表現者の方に取材の場で教えていただいたのですが、アートマネジメントの世界で有名な「ボヘミアンゲイ指数」という研究があります。ここでのボヘミアンは移民、ゲイはLGBTのGを指しますが、マイノリティを積極的に受け入れ彼らの社会的地位の向上を図った地域では、イノベーションが起きやすくなり経済効果が高まったという研究結果が出ています。実際にこういった誇るべき成功があって、欧米は多様性理解という課題をクリアし、アーティストもエッセンシャルワーカーとして大事にされているのでしょう。日本の場合はそういったベースがなく、企業も半期で良い数字を求める傾向なので、到底政治や社会に本質的な多様性理解は浸透していきません。今注目のアート思考の本質は何か、アートが後押しする希望的な未来はどのようなものか、多くの企業が気付き中長期的な実践に踏み出し、やがては移民や文化についての政策が見直されることを願っています。私はインディペンデントなので活動の拡張に限界を感じることもありますが、こういった問題意識と希望を持って、言葉や切り口を変えながら様々な層にアプローチするために色々な場所に寄稿しています。

自分の痕跡を残すための手段として

――どのような作品を手掛けられているのか、教えていただけますか?

坂下:学生時代から作り続けているのは、粘土で原型を作った焼き物です。模様にこだわっていて、僕が町を歩いている時に拾ったものなどで模様を付けています。焼き物は古くからあるもので、縄文土器も当時身近にあるものを使って模様が施されています。それが現代ならどのようなものになるのかと考え、自分で拾ったプラスチック片や缶のプルタブ、石、枝などで装飾した焼き物を作っています。

――作品には、坂下さんのどのような想いが込められているのでしょうか?

坂下:僕にとっては、自分の痕跡を残すための手段が作品作りなのだと思います。僕が考えたり、人と関わったり、作品を作ったりというのは、痕跡を残す過程なのかもしれません。

今は分かりやすいビジュアルやリアルなものが求められる時代で、目に入ってから理解するまでのスピードがすごく早いものが多いですよね。逆に僕は、じわじわと湧き上がるような、理解するまでのスパンが長い作品を作りたいし、見る人にもそういう考え方や感じ方をしてほしいという想いがあります。

あえて分からないものを作っていますので、「これは何?」と質問されたら僕自身にも分かりません。答えを急ぎすぎたくないのです。それを良しとした作品としています

――すごくユニークなアイデアですね。どのような考えから作品作りをスタートしたのでしょうか?

坂下:人間の根源となっている古代にやっていたであろうやり方を、僕が現代にあるものでやることに意味があると思っています。それによって新しい何かが生まれるんじゃないかと思いました。

彼らを主役にした作品はいくつか作っているのですが、僕自身が作りつつも彼らを別の存在とするために、僕自身も直接触れないようにしています。材料はもともとやわらかい水粘土で、直接触れると指紋が付くし、マットな質感になってしまうため、軍手をして、その編み模様も生かしながら原型を形作っています。拾ったもの次第でパターンも無限大です。

――これからどんな作品を作りたいですか?

痕跡を残すということをテーマにしたこのシリーズは、今後も増やしていきたいですし、僕自身の手跡を残していくような、別の手法を使った作品作りもしていきたいなと思っています。日本だけでなく海外で拾ったもので作品を作っても面白いですよね。世界各地で同じことをしたら、その土地ならではの不思議な物が見つかるかもしれないですし、場所固有の作品ができるはずです

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将来的には世界に行けたらと思っています。また最近は彫刻作品ではよく習作として作られている首像をイメージして、表面に漆を塗った(素焼きに漆を塗る手法は縄文時代の作品などにみられ、それに倣って作品の仕上げに応用してみています。)頭部の作品も手掛けています。それももっと増やしていきたいですね。

自分自身の体験を動機として

――どのような作品を手掛けられているのか、教えていただけますか?

久保田:版画や絵画、映像、写真などを用いてインスタレーションと呼ばれる形式で作品発表を行なっています。自分自身の体験を動機として一部の問題を解決するプロセスを制作に落とし込むことが多いです。。

――それはどのような作品なのでしょうか?

久保田:主に所有や選別、価値について言及するような作品です。
例えば、学部の卒業制作では「ある許容を超えたものを許容可能な範囲まで減らす」ということをコンセプトに、“すでにある物を選び直す、考え直す”というプロセス自体を、パフォーマンスインスタレーションという形で作品に落とし込みました。それは当時の僕自身の身の周りの環境が原因となった、非常に私的な問題解決のための作品でもあったのですが、そこで取り扱った内容は普遍的な意味を持ち、それ以降もそのことに対して考えるようになりました。

芸術においては1から新しく何かを作り出すということが前提とされることが多いものの、これから先の未来それが実際的には難しい状況に直面する可能性もあり、そもそも「作品を作るとはどういうことなのか」を考える必要性はあると考えています。

芸術の世界にも環境問題の観点が導入されてきた昨今、むやみな表現、承認欲求や市場の原理を元手に新しいものをひたすら作り出すということが、世の中にどのような影響を与えるかということに思いを巡らせた時、すでに存在するものを捉え直す方がよっぽど生産的だなと思ったのです。必要以上に作品を作り続けない方がむしろ健全であるという考えを、自分自身の主張として制作行為につなげています。

【一時的廃棄目録#2】制作年:2017 メディア:ライフインスタレーション 素材:倉庫から移動されてきた諸物品、写真、マジックペン、粘着テープ、イレクターパイプ、ロープ、その他 サイズ:可変 撮影クレジット:松尾宇人

――創作の根源にあるのは、久保田さんの想いなのですね。

久保田:そうですね。自分自身と対話して作っていく。作品には、僕の置かれている状況や環境への想いというのが反映されていると感じます。
もともと、僕は作り手になろうとは考えていませんでした。アートやクリエイティブの世界に興味を持ち、キュレーターやアートディレクターを志していたのですが、当時は大学にそういったことを学ぶ専攻がなく、比較的自由に学ぶことができる油絵科に進学しました。絵画も好きだったので、自分も作ることで理解が深まると思ったのです。最近は、キュレーションやマネージメントも含めて表現行為に還元することができると知り、そのままアーティストとして活動していこうと決めました。

――今後、どういった作品を作っていきたいですか?

久保田:僕はすでに存在する物を扱って、どう表現行為に結び付けられるのかということを考えています。それはどのような土地で行うかということも大事になってきます。日本という場所は自然災害も多く、有効活用できる土地も多くありません。そのため、何かを所有し続けていくことが困難であり、長く保管していくという西洋美術の考え方が即さないのではないかとも感じています。そこから派生して、ひとつは美術館の収蔵作品を使って、物の再選別や歴史の選び直しのようなことをテーマに、何かプロジェクトができれば面白いかなと思っています。

僕1人では専門知識が足りないので、チームとしてプロジェクトを組むことができたらいいですね。また、長期的にはそういったこと、日本に留まらず海外でも展覧会ができればと思っています。僕の思想は日本由来であり、少なからず神道や仏教思想のようなものに根ざしています。

一方で、西洋美術のカウンターカルチャーな思想というのもあるので、ラディカルなアプローチをするのであれば、海外で発表した方が影響力は強いのではないかとも思います。キャリアを積んでチャレンジできたらいいですね。まずは、アーティストとして生活できるように下準備を行い、近いうちに個展形式の展覧会ができたらいいなと考えています。

【Decision in the Hospice】制昨年:2020 メディア:パフォーマンスインスタレーション 素材:ミクストメディア サイズ:可変 撮影クレジット:松尾宇人 作品内使用イメージクレジット:宇佐美圭司作「きずな」 「きずな」作品イメージ再現制作:笠原浩
“attunement”展示風景 【凭れるエステ、永久廃棄目録】 根津にあるThe5thFloorで行われた展覧会 展覧会名:attunement 開催年:2020 撮影クレジット:@Jukan Tateishi

【プロフィール】
作家名  久保田智広
クボタトモヒロ

1992年
東京都生まれ
現在東京と横浜を拠点に活動。

2020 東京藝術大学美術研究科修士課程版画専攻 修了

2018~2019 ウィーン応用芸術大学(Universität für angewandte Kunst Wien)交換留学

2017 東京芸術大学 美術学部絵画科油画専攻 卒業

他者と自己の関係性をテーマに

――どのような作品を手掛けられているのか、教えていただけますか?

倉敷:版画に近い感覚の転写を中心として、他者と自己は絶対的他人である、不連続体であるということを前提に、他者と自己の関係性をテーマにした作品を作っています。写真転写が多いので、延長で写真作品も制作しています。

転写に使用する画像には自分で撮ったり、ネットからダウンロードした写真をベースに作ったものもあります。例えばオフィーリアのものは、イギリスの婦人画家ミレーが描いた夢のオフィーリアと、ネットから落としたポルノ女優の図像を素材にして制作したものです。

転写にペイントしたような平面作品が多いのですが、最近は修了制作でパフォーマンスアートも手掛けました。

――それはどのような作品なのでしょうか?

倉敷:平面だけでは自分の制作欲求が満たせないかもしれないと感じていたんです。修了制作で行ったパフォーマンスは、5,000×2,600×1,700mmの空間で、表に”Transition”というオフィーリアをモチーフにした作品があり、裏に回ると中に人が入れます。

最初に半透明のカーテンがあり、それをめくるとバスタブがあり、その奥にもカーテンがあり、めくるとほぼ密室でのパフォーマンスが始まります。椅子が2つあって、
片方には私、もう片方には鑑賞者に座っていただくようになっています。


【Transition】 H2600×W5000×D70mm 木製パネルと麻布にメディウム転写 2019 展示 “東京藝術大学修了制作展”, 2020, 東京藝術大学, 東京 photo by. 中川陽介
【Obscure _ Breast】 サイズ可変 インスタレーション 浴槽、シャワーカーテン 2020 展示 “東京藝術大学修了制作展”, 2020, 東京藝術大学, 東京 photo by. 中川陽介

椅子のそばにはソレイユ(太陽)とメール(海)と書かれたポットがあります。アルチュール・ランボーの詩をモチーフにしていて、そこには海に沈む太陽の様子が「永遠」として描かれているんです。メールのポットには水が入っていて、ソレイユのポットにはお湯が入っていて、できるだけ私に近い距離で座ってもらい、ポットの水とお湯をわって人肌ぐらいの白湯をつくり、それを「永遠」が入っていると伝えて飲んでもらう。

その後いくつか他者と自己に関する質問をしたり、逆に聞き返してもらったりして、近接した距離でコミュニケーションを取るというパフォーマンスをしました。これからも、もっと身体的に他者と関わるという形でパフォーマンスをしていきたいと思っています。


――倉敷さんの作品の根底には、どのような想いがあるのでしょうか?

倉敷:私は小さい頃から、自分と他者が別物であるということに関心を持ってきました。私と他者とを区別する時に、まずは身体的差異があって、他にも国籍、性別、思想の違いというものがあるのですが、一種のニルバーナとして思い描いているものとして、身体を抜け出て、自己が自己でありつつも他者と同一の集合体になるという瞬間を持っているんですね。自分にとっては信仰のように思えています。 他者と自己はそれぞれここに存在するけれど、みんなが集まってひとつのものになって、生き物はそれらが全部廻って生きている。

私はそういうところをニルバーナとして考えていて、その思想を最初は視覚的に言語化してみたいということから、絵画がフィクションであるということを前提に、その中に自分の涅槃を見出すためにペインティングをしていたんですね。

最近はそこから少し変わって、自己と他者が絶対的別物であるという事実に対して、一旦それを受け入れて、そこからどうやって他者とできる限り共同体として生きていけるかというふうに考え方が変わりました。それでできたのが修了作品です。他者とコミュニケーションしながら、どう共同体として生きていけるかを探るというテーマです。自分と他者が作品の根底にあるし、私は他人と触れたいし、別物だけどできるだけ理解したい、近くまで寄りたいという想いが根底にあります。

――この作品を作っている時に、認識が変わってきたということですか?

倉敷:作る前に認識が変わって、これができました。

――この作品の前と後の認識の違いに触れながら、作品についてもう少し詳しく教えてください。

倉敷:これ以前の作品では、まだペインティングをしていました。ペインティングはすごく身体的な行為で、絵画が絶対的なフィクションだということを踏まえて、他人の画像を転写で入れ込んで、そこにペインティングを加えていました。私と他者の融合性を形にしたかったから。人体が少し隠れているのですが、どこまでが人でどこまでが背景か分からない、そういう抽象的な身体を思い描いて制作していました。

亡くなった祖母からインスピレーションを得た作品もあります。祖母の家の風景を鏡に転写しています。祖母が、亡くなる前によく「家の中に見知らぬ人がいる」と騒いでいて、その後すぐ亡くなったのですが、その正体は死神だったのかなと親族たちは話していました。この作品では、鑑賞者が鏡の前に立つと、祖母の家の中の風景が映り込む形になります。

【My late grandma’s house. 】 鏡にシンナー転写 2019 展示 “summertime 9192631770”,2019,東京藝術大学,東京

鑑賞者はそういうふうにして祖母の存在しない時間枠にいながら、鏡の前に立つと、祖母の生前の時間枠で祖母が見た家の中にいた誰かになれる。

セットであるのが、この写真作品です。祖母の葬式の時に、祖母の生き写しだと言われたんです。これは祖母の遺品を着て、家の中で、祖母の亡霊かのように歩き回っているようなシーンを撮った作品です。これで私は祖母と同一化されるわけで、作品を通じて他者との融合を果たしました。

【Self portrait : I wear my late grandma’s clothes. 】 サイズ可変 光沢紙にインクジェットプリント
【Self portrait : I wear my late grandma’s clothes. 】 サイズ可変 光沢紙にインクジェットプリント

これは私の主観的な話で、美術って博物的な部分があると思うんですね。その時代を映し出す表現があるからこそ、美術館に保存されたりする。私は先人たちがやってきた不変的なことを主にやってきた。そこで私が今生きている時代で、私が考えることってなんだろうと考えました。それまでは身内のことを取り上げたミクロな作品と、他者とひとつになる思想を表す、すごくマクロな作品と、そのどちらかしかありませんでした。その間に位置する、目の前にいる相手に対しての作品というのがあまりないことに気づきました。

そうなった時に現実を見なければならないので、自分と他者が別物であることを拒絶せず、一旦それを受け入れて、他者とともにそれでも生きていける方法を模索する装置を作りました。

“8”がどういうものかといいますと、まず看板的に作っているのですが、”Transition”。ハムレットの中だとオフィーリアは悲劇的な死を遂げる可哀想な子という印象が生まれるポジションにあると思います。またセックスワーカーも社会的転落をしたというスティグマを受けがちです。確かに犯罪の温床になりがちですが、でもそこには職業差別も確かにあります。

【Grave # 11】 H315×W410×D65mm 木製パネルと麻布にメディウム転写 2019 展示 “outline”,2019,Maki Fine Arts,東京

また西洋絵画をモチーフに取り入れたということ自体、転写は原画のコピーなんですね。そもそもアート界自体が白人男性中心主義だったりしますから、私たちは「アジア人女性アーティスト」というふうにカテゴライズされます。白人男性はふつうにアーティストといわれます。これは、性別とか国籍とかで他者をカテゴライズするよねっていう皮肉を込めた作品なんです。

ミレーがオフィーリアを描く時に、モデルを浴槽に沈めたというエピソードをモチーフにしてバスタブを置いたのですが、バスタブ自体、人間が生まれた時には赤ちゃんをお風呂に入れるし、死んだ時は湯灌をするし、祈りの時も沐浴するので、そういう生命や信仰の象徴としてのバスタブでもあります。半透明のカーテンについては、奥が見えないようになっていて、不明瞭な部分を設けることによって、裏にあるものを隠している。そうやって見えない所を気づかせるようにしています。

そして奥にいる私は、他者に対して永遠を差し出します。飲食を与えることは哺乳類の一種の愛情表現です。永遠ですが、実際はただの水なので、いずれは身体を抜けるので永遠のものではない。次に「私たちは孤独だろうか」とか「私とあなたが一緒にこの世で生きて生いくためにはどういうことをしてきたらいいか」とか、けっこうダイレクトな質問をします。最後に「私に対して何か知りたいことはあるか」というふうに聞きます。

そもそも私が共存の方法で他者にこれを提示したのは、見えないカーテンを置いたりするように、私たちが他者をカテゴライズすることがある、見えないところを進まなくてはいけない。他者の見えない部分を想像しなくてはいけない。そのためには、お互いのことを知らなければいけない。それは、私が思うひとつの方法として提示しました。他者と私、違う者同士がどうやって一緒に生きるかという話の作品です。

【Transition】 1120 x W1455mm 木枠とアクリルガーゼニットにメディウム転写 2020 展示 “シェル美術賞2020”,2020,国立新美術館,東京 photo by. 久保田智広

作品に込める思い

――どういう作品を作っているかも含めて、自己紹介をお願いします。

若月:私は素材に漆を使った作品を作っています。例えばこの作品は、漆の木を型取り、漆の樹液を流し込んで作ったものです。

漆は昔からその美しさがゆえに、漆器の塗料として使われてきました。漆の色は、本当は樹液の色で、取れたては乳白色をしています。木が自分の身を守るために作る成分ですが、かさぶたのように固まる性質を人は長年利用してきました。でも私は、漆の綺麗さをもっと違う形で見せられるのではないかと思い、樹脂の中に漆を閉じ込めるという作品で漆本来の色を見せることに挑戦しました。

――木の断面のようなイメージでしょうか?

若月:そうですね、漆の木を輪切りにしたものを型取りし、樹脂を流し込んで形にしています。中の琥珀色の部分には、型に使用した漆の木から取れた樹液が入っています。

取れたての乳白色の状態で樹脂に閉じ込めますが、硬化する工程で綺麗な琥珀色に変化します。日本で昔から漆が塗料として使われてきたのは、艶のある美しさ以外に殺菌作用があったり、長期保存できるという特性や耐久性があったからです。器や建築など、漆は塗料として胎(内側の素材)となるものを守ってきました。でも私は、漆の何かを守る表面的な姿だけでない内側を見ることはできないかと、漆に寄り添うという気持ちでこの作品を作りました。

――作品名と、そこに込められた思いは?

若月:作品名は「If I could cuddle to you」です。寄り添うことができたならと言う意味です。お話ししたように、私はできるだけ物事や人に寄り添いたいと思い、制作をしています。漆に対するそんな気持ちを、作品に表せたらと思っています。

漆の作品「If I could cuddle to you」。

――こちらの作品は、ウルトラマンですよね?

若月:コロナ禍で家に居続ける中で、生活の中にあるものに興味が湧き出してきたんです。これはおもちゃを素材に、人と一緒にいた時間の経過によってできた傷に目を向けて作った作品です。
もともとはリサイクルショップで売られていたものでした。汚れていて傷だらけだったのですが、そこに時代を生き抜いてきた証のようなものが見えた気がして、その時間軸に対しての共感を表したいと思い、作品のモチーフに選びました。漆の修復技法のひとつに「金継ぎ」というものがありますが、それと同じ考え方で、傷というものを傷と捉えないで、加飾をすることで新しい美しさを与えたかったんです。


左/乾漆で制作したウルトラマン。右/おもちゃのウルトラマン。

――傷だらけのウルトラマンを漆で蘇らせたと?

若月:考え方としてはそうですね。ただ、おもちゃにとっては遊ばれることが一番の幸せであり、おもちゃ自身を作品にするのは彼らの時間を奪ってしまうと感じたので、おもちゃそのものに加飾するのではなく、彼らの存在感を乾漆に置き換えて作品としました。

漆には乾漆技法という造形技法もあり、漆の樹液を地の粉と呼ばれる土の粉や麻布と積層することで形を作ることができます。阿修羅像など仏像に使われた技法です。

この作品タイトルは「idol」です。「アイドル」は、英語では偶像という意味の言葉ですが、日本では全然違う概念で捉えられていますよね。子供たちの憧れのアイドルだったウルトラマンのおもちゃがぼろぼろな状態になっているけれど、それは愛された勲章であって、伝えるべき傷跡で、それを偶像化してあげることで新たな存在感を与えたかった。乾漆による別の存在として成立させて、その傷を称えるための作品にしました。

――ウルトラマンを選んだのはどうしてですか?

若月:最初は人の物を借りてやる予定でしたが、コロナ禍でそれを預かるということがうまくできなかったので、誰かが使っていたものが次の誰かに引き継がれる、リサイクルショップで探しました。そこで探したおもちゃの中で、ウルトラマンなどのソフビのおもちゃが一番遊ばれた形跡があったことが、選んだ理由です。男の子が思いっきり遊ぶからか、遊ばれ方の風格が違いました。

――いろいろある素材の中から漆を選ばれた理由はなんですか?

若月:大学では工芸科に入ったのですが、専攻を選ぶとなった時に、造形にもなって、塗装にもなって、修復もできて、継ぐこともできるという漆の多様性に惹かれました。その後、他にもいろいろ知っていく中で、なぜ今も続けているかというと、理由としては自然のものであるという点が一番強いのかなと思っています。

天然素材という特性を生かして、わざと日光に当てて表面を劣化させた作品を制作しています。漆は紫外線に弱いのですが、私はそこも含めて漆の魅力だと思っています。今、世界的にプラスチックごみの問題が取り沙汰されていますが、作る人間としては作った
後のことも責任として考えないといけません。漆は自然に還ることができる天然の素材であるというところも魅力のひとつです。

――漆には日本の民芸、工芸に結びついたイメージがありますが、それを現代アートの世界で扱ったところがユニークですね。

若月:大学ではもちろん、伝統的な漆器を作る技術から教わりました。他の専攻を見ると、もっといろいろなジャンルの人たちが周りにいる中で、徐々に自分の考え方も変わっていきました。

濾し器で漆を濾す様子。

 

最初の素材選びは漆でしたが、自分が作るものには自分の考え方を反映させたいという思いがあり、自然な流れとして作品を作ってきました。漆を素材に用いながら、これからも自分の思いというものを表現していけたらと思います。

大学での技法実験。

――若月さんの作品のモチベーション、大元のテーマとなるものは何でしょうか?

若月:先ほどお見せした作品と同じで、やはり寄り添いたい気持ちです。気になったことに寄り添う。寄り添った時に、そのものとまったく同じ立場になることはできません。でも、寄り添って隣で話を聞いてみたい。そういう姿勢で、物に対しても考えを広げていきたいというのがあります。

――作品を、どういう人に見てもらいたいと思いますか?

若月:いろんな世代の方にでしょうか。漆というと、百貨店に置かれている高級品というイメージを持つ人が多いので、なかなか同世代には伝わらない部分があります。私の作品を通じて若い人たちにも触れてもらって、自然にいい素材だなと思ってもらえたら嬉しいですね。

――コロナ禍で、アーティスト生活に何か変化はありましたか?

若月:もともと、大学に通いつつも大学内ではなく家で制作していたタイプなので、制作においては大きな影響はありませんでした。ただ、こういう状況下で気持ちや考え方は揺らぎました。自分は何をしようか、何をするべきかといろいろ考えました。自分の中での考え方が変わったというのが大きいです。

――それは作品に表れていたりしますか?

若月:人の形跡、人間の存在の中で自分が生きているのだと、より強く感じました。その中で物を作ることとは、という問いかけを意識し始めました。

――それは人間愛の意識ということでしょうか? 基本的にはポジティブな思いですね?

若月:できるだけ、人と物に寄り添いたいという気持ちがありますが、助けたいと思ってもすべての人を救うことは難しいです。キャパ的にもすべての人に関わることはできません。自分にできる限界がある中で、どうするべきかと。私の中ではやはり、作品を作るという行為に落とし込んで折り合いをつけています。どちらかというとネガティブ思考が多いですが、それは単にマイナスな意味だけでなく、いろんな方面に目を向けるひとつの手段として捉えるよう意識はしています。

――次の創作はどんなものになるのでしょうか?

若月:近々、展示会があるのでそれに向けて準備していますが、「あるがまま」というテーマのもとで、風化する天然素材である漆や古い建具、使われなくなった布団皮を使い、時間の層をコンセプトにした作品を制作しています。

――いつかこうなりたい、こんな物を作ってみたいという夢はありますか?

若月:今後は、アート作品から日用品まで作っていきたいです。そうすることで、漆は工芸品だけでなく幅広い可能性があるということを表現できたらと思います。また、教室やワークショップなどを行うアトリエをオープンしようと準備をしています。

教室や作品を通じて人と関わる中で、人生のとっかかりや、何かのきっかけになれたらと思っています。ライフスタイルの目標としては、生きること、制作することがナチュラルな状態で回っていくようになれたらと思います。

テーマは人とのコミュニケーション

――どういう作品を作っているかも含めて、自己紹介をお願いします。
古谷:僕は彫刻出身なのですが、最近はインスタレーションとパフォーマンスが多いですね。初めてのパフォーマンスは熱海の廃ビルのワンフロアを使って行いました。その作品で僕は自分の顔のマスクをつけてそこにずっといるのですが、マスクは目を閉じているものなので前が見えない。そこにお客さんが入ってくると、音とか気配がする方に僕が近づいてくるという空間を作りました。
僕がメインテーマとして扱っているのが、人とのコミュニケーションです。人と話をする時、大抵は人の顔を見て話すじゃないですか。相手が誰なのか、どういう人相なのかが分かっている中でコミュニケーションすると思います。ところがマスクをすると、相手が男か女かも、年上か年下かも分からない。知っている人か知らない人かも分からない状態でのコミュニケーションの取り方というのが、作品としてできないかと思い、やってみたんです。

作品の展示が終わった後に、初めてお会いした方から「あの時こういうふうにしていたよね」といわれたのですが、僕にはどの時のことなのか分からない。それが話していくうちに「ああ、あの人だったんだ」と分かったりするわけです。ほかにも僕と相手の人間的距離感、例えば初めて会った人と数回会っただけの人と仲のいい人とでは、近づいてくる僕への対応の仕方が違っていたりもする。

古谷由布のマスクをつけているだけで、もしかしたら全く知らない人かもしれないのに。複数人お客さまがいたとして、そんな僕と誰かとのやり取りを他の誰かが見ていたことも含めて、コミュニケーションの作品として成立させました。

メキシコでパフォーマンスをした時は、ガスの大きなボンベを押すような台車を借りてきて、道で拾ったただの石を積んだ状態で、ギャラリーをスタートしてから街中をぐるっと回って戻るということをしました。タイトル「Purposeful Life」――有意義な人生という意味です。ただ街中で石を運んでいるというだけなのですが、それを展示会の期間中、午前の部と午後の部でひたすら繰り返しました。バス停みたいにポイントを決めておいて、必ず同じ時間にそこを通るというルーティンみたいなものを意図的に生み出しました。


※自らの顔を型取りしたマスクをしている。撮影されていたことも後から知った。©タジマスズリ
 
謎のアジア人がメキシコの街の中で、毎日同じ時間に通るということを繰り返したわけです。それが当然目につくようで、町の人たちは僕に話しかけてくるんですね。僕はスペイン語は話せないので会話にはならないのですが(笑)。「あの人、何をしているのか分からないけれど、最近いるな」みたいに思われていたのかな、僕自身が彼らにどう思われていたのかわからないように、見ている人も答えを知ることができないですよね。答えが分からない、何か違和感があるということとの偶然の出会い。僕のやっている行為と相手のリアクションのコミュニケーションもあるでしょう。形には残らないけれど、その人の中に残る違和感として作品が残ればいいなと思いながら、インスタレーションとかパフォーマンスとしての作品を作っています。

※最後のパフォーマンスの時だけ、背中に「“有意義な人生”のパフォーマンス中です」と書かれたTシャツを着た。 ©Miguel Ramirez Garcia

――そもそもアーティストを目指した理由はなんでしょうか?

古谷:それしかなかったからだと思います。美術の世界に自分が傾いていったのが、中学3年生の時です。普通の公立の中学に通っていたので、高校受験をするという時に初めて自分の意思で学校を選ばなくてはいけない。これから自分が進む道を自分で決めなくてはいけないという初めてのタイミングでした。学校も小さな社会だと思っていて、その社会で生きるようになってから当時小学校6年間と中学校3年間だけですが、同じような3年間がこの後高校でも続くのかとふと考えたんです。普通に運動部に入って、普通に楽しい学校生活だったけれど、自分で選んでまで次に行きたいのかと思った時、必死に勉強してまでその3年間を手に入れたいのかを考えた時に、流されているだけのところから出たくなったんです。その時に、美術系の学校を受けることを決めました。

小さい頃に絵画教室に通っていて、美術が得意だったからというだけのことですが、大きな流れからこぼれ落ちたかったというのが僕の本心で、そこから美術の方に入っていきました。

コミュニケーションをメインにしているのも、自分も含めてメインストリームに乗り切れない人、協調性がないとか、空気が読めない、こぼれ落ちてしまう人に焦点を当てたいと思っているからです。メキシコでやった石を運ぶという行為も、実は肉体労働者に気持ちを寄り添わせたかったという想いがありました。そういう人たちに焦点を当てたり、自らが扮したりすることで、こぼれ落ちたものとメインのものとの関係性が、今のまま、阻害されたままで続いていくのではなくて、何か小さい繋がりを蘇らせることのきっかけになればいいなと思っています。

――そうした活動を続けるには、何が必要ですか?

古谷:発表していく機会が必要だと思います。発表する機会を作る方法というのは、結局、人との繋がりでしかないなと最近はよく思います。
去年、ベトナムに行くプロジェクトを自分達で作ったり、メキシコでのプロジェクトに呼んでもらったりしたのですが、ベトナムに行くプロジェクトを作れたのも、それ以前に一緒に活動していた仲間がいたからできたことですし、その先にメキシコに行ったのも、自分を知っていた人に声をかけてもらえたから。人との繋がりというところが、友達の友達の紹介とかのすごくアナログなところで、いい方向に働いています。これからはもっと、デジタルな形ででも繋がりを広げられたらと考えています。

でもそのデジタルな繋がりは密度でいうと希薄なところもあって、広く浅くなってしまいがちです。そこのバランスは難しいのかなと思いますが、必要と考えている人は多いだろうなと思います。

――注目が集まって、共感してくれる人が増えてこそ、次の制作ができるということですね。

古谷:そうですね。100人いてそのうちの1、2人でもいいと思ってもらえればいい方で、その分母が増えていくほど、賛同してくれる人も多くなると思います。
でも先ほど見せた作品などは、それなりの時間と熱意をかけて説明しないと、なかなか伝わらないと思います。映像を観ても、その映像が綺麗とか面白いだけでなくて、その行為の裏に考えていたことがなかなか思うように伝わらないんです。どうしたら映像とかで、自分のやっていることをデジタルに置き換えていけるのかが今後の課題です。

――昔のアーティストは、死後に評価されることが多くありましたが、今活動されているアーティストの活躍を、今伝える大切さというものがあると思います。

古谷:おっしゃるとおりです。以前ベトナムに行った時に、5人の日本人の作家と、ベトナム人の作家2人と、1カ月間同じホテルに滞在しました。夜にはお互いに会って話したりして、それぞれ作品を作ったり、リサーチしたりするというプロジェクトでした。面白かったのが、同じ小さな田舎町にいるんですが、それぞれ見てくるもの、感じることが全然違うんですよね。それを共有する時間が、すごく楽しかった。
出来上がった作品だけが世に出て行くというのではなくて、アーティストと交流することで、そのアーティストの思想や哲学がより伝えられると思います。社会に対して、アーティストがどういうふうに物事を見ているのかという視点についても、もっと伝えられたらいいなと思います。

出来上がった作品だけではなくて、アーティストの体験自体も広めていくことができればもっと面白くなると思います。

――制作の背景にある気づきや開眼といったドラマですね。

古谷:開眼というと仰々しく聞こえますが、確かにそこでの出来事はすべてがドラマチックでした。
ベトナムで一緒に参加していた1人が、焼き物で彫刻を作る作家さんだったのですが、隣町にテラコッタの素焼きで有名な町があって、そこに出掛けて行って、遅くに帰ってきたんです。何をしてきたのか尋ねると、テラコッタの工房に「仕事を手伝うから、工房を使わせてほしい」と交渉したというんです。その工房には結構厳しい国からのノルマがあるらしく、それを手伝うということで喜ばれたそうです。仕事が終わった後に、約束どおりに工房を使わせてもらって、そこの粘土とかも貰ってきていて、夕飯もご馳走になったとか。その後、もらってきた粘土で参加していたアーティストたちがお互いの顔を作って、さらに交流が育まれました。

アーティストの体験した、そういう素敵な交流を間近で共有できるということを、自分だけの体験でなくてもっと広げられないかなあと思っているんです。

――素敵なエピソードですね。古谷さんにも、アーティストをやっていて良かったと思えたエピソードはありますか?

古谷:オランダで作品を作らせてもらったことがありました。そのきっかけが、前にお手伝いをしていた先生のアシスタントとして行ったことに遡ります。広い敷地を市から任されているところで、大きな野外彫刻がいくつも置いてあるのですが、そこを管理しているご夫婦がシンポジウムを開き、アーティストを招いて作品を作らせて、恒久設置しているような場所でした。
1年目に手伝いに行った時に、自分の作品を見せました。見せた作品の中で、特にいいね! といってもらえた作品があったんです。次の年にヨーロッパを旅行していたのですが、ちょうどシンポジウムの時期で「今、近くにいますよ」って連絡したら、「あなたも来て作品を作りなさいよ」っていってくれたんです。
滞在費も食事も無料で、材料費も出してくれる。作ったものはそこにずっと設置される。大学3年生にはあり得ないような高条件でやらせてもらえました。
その時の作品が、5mの巨大な椅子を6脚作って、池に刺してサークルを作るというようなものだったんですが、1人の人間の力では到底できないわけです。大勢でボートに大きな椅子を乗っけて、くくりつけたロープを3方向から引っ張って1本ずつ立てていくみたいなことをやるのですが、みんなに手伝ってもらったのに、段取りが悪くて結局失敗してすごく後悔しました。でも次の日に大きなユンボが来て、さすが重機の力でグサグサと刺してくれたんです。自分の力とあたまではできなかったけど、みんなで協力してあれを立てようとした、あの時間はすごく貴重な時間だと思いました。


※池の中に立てた木製の椅子は年々腐食している。倒壊しても、近づけないのでは危険はない。
それも含めた作品としてここに設置した。

オランダのその施設は、軽犯罪者が社会復帰のために期間限定で労役をしに来る場所でもあったので、タトゥーとピアスだらけのイカついお兄ちゃんとかがいるんですよ。
そういう人たちがロープを引っ張ってくれたんです。言葉も通じないし、何をやっているのかも分からないだろうけど、ひとつのことを一緒にやるコミュニケーション・プロジェクトというのも、すごく面白いなと思いました。

そんな大きなことを個人でできるのって、アーティストぐらいかなとその時思ったんですよ。会社では、もっと大人数でもっと規模の大きいプロジェクトを動かしたりするのだと思います。でもアーティストは、それをもっと全員の顔が見えるところでできる。個人レベルで新しい場所に行って、新しい人と関わることができる。僕が知っている限りでは、アーティストぐらいしかできないのかなと思っていて、あの時は本当にアーティストをやっていて良かったと思えた瞬間でした。

――今後、こんなことをやってみたいという夢を教えてください。

古谷:人に参加してもらってつくるプロジェクトをしたいと思います。ただ、それが仕事だと目的が明確にある。目的があって人が集まってやるのではなくて、むしろ集まることを目的にしたい。その結果、出来上がったものが意味のない物だったとしても、むしろその方がいいと僕は思います。参加しているみんなが、これは何のためにやっているのだろう? と思いながらも参加する。でも、みんなとやっていることが豊かな時間として記憶に残ってくれるような、そんなプロジェクトができたらいいなと思います。

コロナが落ち着いたら、日本人だけでなくて、いろいろな国、いろいろな文化や背景を持つ人がミックスして、何かをやることが沢山できたらいいなと思います。
僕は海外旅行が好きで、いろんな地域に行って、いろいろな人生を見ることができたことが嬉しかったから、これからもいろいろな人の人生を、創作を通して見れるようなプロジェクトができたらいいですね。決められた人生の道みたいなものがそれぞれにあると思いますが、参加してくれる人に「もっと自由に生きて良かったんだな」と思ってもらえるプロジェクトができたらいいし、そんな生き方をしたいなと思います。

エブリチャンス代表 川添隆司 × Bizres代表 小林昇太郎
エブリチャンスはどんな背景や思いから生まれ、何を目指すのか。コンサルティング会社Bizres代表の小林昇太郎氏が、エブリチャンス代表 川添隆司に話を聞く。

アートを目指すすべての人にチャンスを

小林昇太郎(以下、小林):まず、エブリチャンスがどういうものなのかを教えてください。

川添隆司(以下、川添): Every chance for Everyone(エブリチャンス・フォー・エブリワン)という意味と願いを込めた社名です。エブリワンという言葉で想定しているのが、美術系のアーティストの方、それを鑑賞する方、我々の事業を支援していただく方の三者で、広くいうと日本中、世界中の人々です。チャンスといっても、さまざまに異なる環境や制度の中、誰もが同じようなチャンスに恵まれているかというと、そうではないと感じていました。

誰もが公平にチャンスを得られるようにしたいという願いを込めて、そんな名前にしました。
特に美術系の方面での支援ができないものかと考えたのは、例えばミュージシャンや囲碁、将棋、歌舞伎の世界には10代のスター選手の活躍が目立っているのにもかかわらず、美術に関していえばほぼ見受けられないという実情があったから。欧米との違いを考えた時に、自由度、アートの解放といった部分で、日本はちょっと遅れているのではないかと素人ながらに感じたのです。

日本の若いアーティストに何が足りていないのかを考えてみました。経済的な問題ですとか、評価させるような仕組みですとか、自己実現の場が少ないというようなことが分かってきました。そういった意味で、エブリチャンスの事業でいうと、ひとつは自己実現の場の提供ということがあります。もうひとつは資金面での支援。あとはキャリアアップ、将来を考えた時のブランド企業との連携や繋ぎという場の提供です。我々は、その3つの方面での支援ができるはず、というふうに考えたのが発端です。

自分なりのアートという考え方のもと、もっとアートを身近に感じられる世の中に

小林:海外の話が出ましたが、実際に行かれて、海外のアーティストに触れられて――というお話を、以前少しお伺いしました。

川添:金融機関で働いていた頃、海外出張や旅行でいろいろな国に行きました。イタリア・ミラノに行った時に、数十年来非公開となっていた壁画『最後の晩餐』がちょうど観られる年ということで足を運びました。洞窟のようなところで、テーブルの下の秘密がどうとか仔細を教えてもらいながら鑑賞しましたが、背景を理解しながら生で観るということの素晴らしさを感動とともに体験したものです。

またプライベートで、インドネシア・バリ島の山奥のウブドという場所を訪ねた時のこと。森の中に倉庫がありまして、絵画が飾ってあり、細々と販売していました。現地の若い人た
ちが描いたもので、素朴な山の絵とか、そこに生息している植物とか動物の絵とか、油絵的なものも含めていっぱいありまして、思わず買って帰ってきました。美術というのは、世界中のどこでも生活に根付いているのだと実感しました。

小林:海外に行っても、アートに関心を持つに至らない方も多いのではないでしょうか。川添さんがアート視点で見ることができる、感じることができるという素養は、どのような体験を通じて育まれたものなのでしょうか?

川添:最初は音楽でした。僕は子供の頃、ピアノを習っていました。ごく普通のサラリーマン家庭ではありましたが、いろいろ習い事をさせてもらい、その中でピアノだけが長続きしたものです。それでもアーティストを目指す代わりに、大学卒業後は金融機関で働いたという点には、矛盾もありますね。

感覚的にいうと、絵を観る、もしくは音楽を聴くというよりも、脳で感じるというのがあると思います。音楽というのは身近に馴染む機会があって、しかも聴覚というのは長く記憶に残ります。美術の場合も、四角四面に美術館に観に行けといわれても、なかなか足が向かないでしょうし、行ったところで何か分からないなというのが実情としてあると思います。そういった時に、見方とか味わい方の視点を変えるというのがひとつあるのかなと思いますね。どういう見方をするのかというのは、誰かに決められることではなく自由です。その絵を観て自分がどう感じるのかという時に、作者の思いといった情報を入れてもいいですし、作者の立場になって考えてもいい。ストーリーを鑑みながら観ると、随分楽しみ方が違ってくるのかなと思います。

ピカソを観に行くのもいいですが、ストリートで若い人が描いているものをいいと思ったら、話しかけてみてもいい。行動も見方も自由です。そういう見方も含めてアートを大衆化していく、皆のものにしていくことが大事だと思います。欧米、特にヨーロッパと比べると、日本はまだそのあたりが違うのかなと思います。

小林:日本人はアートというと、ハードルが高いとか敷居が高いとか、どう観たらいいか、感じたらいいか分からないという。でも今おっしゃられたように、そこは非常に自由なのだと。その発想の転換、自由な見方というものを皆さんに知ってもらえたら、アートの見方、関り方も違ってくる気がしますよね。

川添:「モナール(Mon Art)」という言葉を浸透させたいと思っています。フランス語で「私のアート」という意味ですが、みんなが自分のアートという概念を持てば、もっと自由が広がると思います。そういうことが根本的に大事なのではないかと思います。

ハートフルポートフォリオという考え方

小林:アートと金融というと真逆なものという感じを受けますが、だからこそ見出せたものがあるような気がします。それがエブリチャンスのユニークさに繋がっているのではないでしょうか。

川添:投資信託の分野にはポートフォリオという概念があります。投資する先を分散してリスクヘッジをしましょうという考え方です。しかし、本来の人間の行為の上ではヒューマンポートフォリオというのがあるのかなと思っていまして、人間として生まれてから死ぬまで、自分の心、行動、投資の仕方というのが毎日同じではつまらない。いろいろな形で自分を満足させるものをやってみて、その中で心のバランスをとって、充実した生活をしていくことが必要だと思っています。それを実現させる考え方として、私の方ではハートフルポートフォリオという言葉を使っています。

ポートフォリオにはもっとハートの部分が重要で、お金を投資してお金を増やすことはあくまで手段でいい。エブリチャンスでは、もっと心の満足の部分をどういうふうに増やすかということについて、例えばお金の使い方でしたり、こころの持ち方を変えることで一緒に考えてみませんかという提案をしていきたいと思っています。

小林:まさに今の時代にこそ必要な考え方ですね。資本主義経済における心の拠り所ではないですが、何が人間としてあるべき生き方で、幸せなのかというところは、誰もが思い悩んでいることだと思います。そういう中でエブリチャンスが発信するメッセージが非常に重要性を持ってくるのではないかと思います。

川添:例えばイタリアでは、美術が日常に溶け込んでいるイメージがありますよね。小さなアパートでも、一幅の絵が飾ってあったりします。それがなんとも自然に飾ってあって、自然に話のネタになります。

日本では長いこと経済成長がすべてで、経済至上主義みたいな部分がありましたから、そこの見直しが人間としても日本人としてあった方がいいと思います。コロナとかナショナリズムですとか戦争といった大きな世界的問題がありますが、そういうことを緩和するひとつの方法としてもアートという可能性があるのではないかと思います。

 

アーティストへの支援が普通のこととなる時代を目指して

小林:エブリチャンスに関わるいろいろな方々がいらっしゃいます。アーティスト、応援される企業さん、それぞれに対して思いがあると思います。これからアートを志したいという学生さんたちにメッセージはありますか?

川添:美術に携わる学生さんは、本来は芸術に24時間特化してもらうべきであり、我々はそうできるような環境づくりをバックアップしていきたい。その中で、せっかく才能があるのであれば、頑張ってひたすら磨いていってほしいと思います。ただ、卒業してからの在り方については、自分の才能を安心して磨き続けていけるように、ある程度、経済的社会的な基本部分は備えとして避けて通れないのも事実です。でもそればかりやっていると、本来のやるべきことと逆行してしまいますので、周りからのバックアップを受けながらでも芸術活動を頑張っていき、その中で日本の芸術をさらに盛り上げていただけることを期待しています。

小林:バックアップする企業に対してはどうでしょうか? どういう形で支援していいか分からない企業もあるかと思います。

川添:私はちょうど、会社勤めの時にバブル経済を経験しています。株によってキャピタルゲインを得たり、バブル崩壊とともに投げ売りしたりを経験しました。エブリチャンスの事業に関しても、企業側は作品に対してのキャピタルゲイン云々を期待されるかもしれませんが、まずはSDGsの流れの中で、日本の文化水準を上げるアーティストに対しての支援として、いわばSDGsの18番目の項目として捉えていただければと願っています。

小林:学生さんもアーティストを志したいけれども、経済的な不安から諦める方も多いと思います。そういう方々を、これからどうバックアップしていくべきでしょうか。エブリチャンスが今後どういう形で発展していくのか、そして目指すべきゴールはどこにあるのでしょうか?

川添:思いという意味でいいますと、我々が問題意識を持ってこういう会社を立ち上げましたというのが背景としてありますが、ゴールはおそらく、我々の会社が必要でなくなる時だと思います。世の中のコンセンサスとして、アーティストへの支援が普通のこととなり、誰もが応援するということになれば、その時が私の思うゴールなのではないでしょうか。まだまだ時間はかかると思いますが、その背中を押していくことが我々の使命です。

小林:最後にお伝えしたいメッセージがあればお願いします。

川添:アーティスト支援事業をビジネスとしてやり上げることは、なかなか難しいでしょう。応援してくださる方が一人でも多く出てくることが何より嬉しいです。思いとかコンセンサスというのを、今だとSNSも含めて地道にいろいろな形で発信していきますので、ご協力をお願いいたします。お金の援助に限らず、まずはアートと寄り添う思いをあと少しだけ持っていただくだけでも十分なので、ぜひお願いしたいです。