若月 美南 Minami WAKATSUKI

作品に込める思い

――どういう作品を作っているかも含めて、自己紹介をお願いします。

若月:私は素材に漆を使った作品を作っています。例えばこの作品は、漆の木を型取り、漆の樹液を流し込んで作ったものです。

漆は昔からその美しさがゆえに、漆器の塗料として使われてきました。漆の色は、本当は樹液の色で、取れたては乳白色をしています。木が自分の身を守るために作る成分ですが、かさぶたのように固まる性質を人は長年利用してきました。でも私は、漆の綺麗さをもっと違う形で見せられるのではないかと思い、樹脂の中に漆を閉じ込めるという作品で漆本来の色を見せることに挑戦しました。

――木の断面のようなイメージでしょうか?

若月:そうですね、漆の木を輪切りにしたものを型取りし、樹脂を流し込んで形にしています。中の琥珀色の部分には、型に使用した漆の木から取れた樹液が入っています。

取れたての乳白色の状態で樹脂に閉じ込めますが、硬化する工程で綺麗な琥珀色に変化します。日本で昔から漆が塗料として使われてきたのは、艶のある美しさ以外に殺菌作用があったり、長期保存できるという特性や耐久性があったからです。器や建築など、漆は塗料として胎(内側の素材)となるものを守ってきました。でも私は、漆の何かを守る表面的な姿だけでない内側を見ることはできないかと、漆に寄り添うという気持ちでこの作品を作りました。

――作品名と、そこに込められた思いは?

若月:作品名は「If I could cuddle to you」です。寄り添うことができたならと言う意味です。お話ししたように、私はできるだけ物事や人に寄り添いたいと思い、制作をしています。漆に対するそんな気持ちを、作品に表せたらと思っています。

漆の作品「If I could cuddle to you」。

――こちらの作品は、ウルトラマンですよね?

若月:コロナ禍で家に居続ける中で、生活の中にあるものに興味が湧き出してきたんです。これはおもちゃを素材に、人と一緒にいた時間の経過によってできた傷に目を向けて作った作品です。
もともとはリサイクルショップで売られていたものでした。汚れていて傷だらけだったのですが、そこに時代を生き抜いてきた証のようなものが見えた気がして、その時間軸に対しての共感を表したいと思い、作品のモチーフに選びました。漆の修復技法のひとつに「金継ぎ」というものがありますが、それと同じ考え方で、傷というものを傷と捉えないで、加飾をすることで新しい美しさを与えたかったんです。

左/乾漆で制作したウルトラマン。右/おもちゃのウルトラマン。

――傷だらけのウルトラマンを漆で蘇らせたと?

若月:考え方としてはそうですね。ただ、おもちゃにとっては遊ばれることが一番の幸せであり、おもちゃ自身を作品にするのは彼らの時間を奪ってしまうと感じたので、おもちゃそのものに加飾するのではなく、彼らの存在感を乾漆に置き換えて作品としました。

漆には乾漆技法という造形技法もあり、漆の樹液を地の粉と呼ばれる土の粉や麻布と積層することで形を作ることができます。阿修羅像など仏像に使われた技法です。

この作品タイトルは「idol」です。「アイドル」は、英語では偶像という意味の言葉ですが、日本では全然違う概念で捉えられていますよね。子供たちの憧れのアイドルだったウルトラマンのおもちゃがぼろぼろな状態になっているけれど、それは愛された勲章であって、伝えるべき傷跡で、それを偶像化してあげることで新たな存在感を与えたかった。乾漆による別の存在として成立させて、その傷を称えるための作品にしました。

――ウルトラマンを選んだのはどうしてですか?

若月:最初は人の物を借りてやる予定でしたが、コロナ禍でそれを預かるということがうまくできなかったので、誰かが使っていたものが次の誰かに引き継がれる、リサイクルショップで探しました。そこで探したおもちゃの中で、ウルトラマンなどのソフビのおもちゃが一番遊ばれた形跡があったことが、選んだ理由です。男の子が思いっきり遊ぶからか、遊ばれ方の風格が違いました。

――いろいろある素材の中から漆を選ばれた理由はなんですか?

若月:大学では工芸科に入ったのですが、専攻を選ぶとなった時に、造形にもなって、塗装にもなって、修復もできて、継ぐこともできるという漆の多様性に惹かれました。その後、他にもいろいろ知っていく中で、なぜ今も続けているかというと、理由としては自然のものであるという点が一番強いのかなと思っています。

天然素材という特性を生かして、わざと日光に当てて表面を劣化させた作品を制作しています。漆は紫外線に弱いのですが、私はそこも含めて漆の魅力だと思っています。今、世界的にプラスチックごみの問題が取り沙汰されていますが、作る人間としては作った
後のことも責任として考えないといけません。漆は自然に還ることができる天然の素材であるというところも魅力のひとつです。

――漆には日本の民芸、工芸に結びついたイメージがありますが、それを現代アートの世界で扱ったところがユニークですね。

若月:大学ではもちろん、伝統的な漆器を作る技術から教わりました。他の専攻を見ると、もっといろいろなジャンルの人たちが周りにいる中で、徐々に自分の考え方も変わっていきました。

濾し器で漆を濾す様子。

最初の素材選びは漆でしたが、自分が作るものには自分の考え方を反映させたいという思いがあり、自然な流れとして作品を作ってきました。漆を素材に用いながら、これからも自分の思いというものを表現していけたらと思います。

大学での技法実験。

――若月さんの作品のモチベーション、大元のテーマとなるものは何でしょうか?

若月:先ほどお見せした作品と同じで、やはり寄り添いたい気持ちです。気になったことに寄り添う。寄り添った時に、そのものとまったく同じ立場になることはできません。でも、寄り添って隣で話を聞いてみたい。そういう姿勢で、物に対しても考えを広げていきたいというのがあります。

――作品を、どういう人に見てもらいたいと思いますか?

若月:いろんな世代の方にでしょうか。漆というと、百貨店に置かれている高級品というイメージを持つ人が多いので、なかなか同世代には伝わらない部分があります。私の作品を通じて若い人たちにも触れてもらって、自然にいい素材だなと思ってもらえたら嬉しいですね。

――コロナ禍で、アーティスト生活に何か変化はありましたか?

若月:もともと、大学に通いつつも大学内ではなく家で制作していたタイプなので、制作においては大きな影響はありませんでした。ただ、こういう状況下で気持ちや考え方は揺らぎました。自分は何をしようか、何をするべきかといろいろ考えました。自分の中での考え方が変わったというのが大きいです。

――それは作品に表れていたりしますか?

若月:人の形跡、人間の存在の中で自分が生きているのだと、より強く感じました。その中で物を作ることとは、という問いかけを意識し始めました。

――それは人間愛の意識ということでしょうか? 基本的にはポジティブな思いですね?

若月:できるだけ、人と物に寄り添いたいという気持ちがありますが、助けたいと思ってもすべての人を救うことは難しいです。キャパ的にもすべての人に関わることはできません。自分にできる限界がある中で、どうするべきかと。私の中ではやはり、作品を作るという行為に落とし込んで折り合いをつけています。どちらかというとネガティブ思考が多いですが、それは単にマイナスな意味だけでなく、いろんな方面に目を向けるひとつの手段として捉えるよう意識はしています。

――次の創作はどんなものになるのでしょうか?

若月:近々、展示会があるのでそれに向けて準備していますが、「あるがまま」というテーマのもとで、風化する天然素材である漆や古い建具、使われなくなった布団皮を使い、時間の層をコンセプトにした作品を制作しています。

――いつかこうなりたい、こんな物を作ってみたいという夢はありますか?

若月:今後は、アート作品から日用品まで作っていきたいです。そうすることで、漆は工芸品だけでなく幅広い可能性があるということを表現できたらと思います。また、教室やワークショップなどを行うアトリエをオープンしようと準備をしています。

教室や作品を通じて人と関わる中で、人生のとっかかりや、何かのきっかけになれたらと思っています。ライフスタイルの目標としては、生きること、制作することがナチュラルな状態で回っていくようになれたらと思います。

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